60代を幸せに生きるためのコツ

がむしゃらに生きて来た人生から一変〜つぶやき日記

オンセラとの出会い🔥

結婚も出産も早くにした私は私の両親と同居していたため何かと衝突してしまう母に家事育児をほとんど任せて、なんと、なんと、テニス三昧🎾

はまってしまったのだ!


ちっさな頃から嫌なことや辛いことから逃避してしまう心があったんだと今にして思う。


めちゃくちゃ怖い父親へのバリアはかなり厚かった。母親への暴力が半端なく、、、私への愛情はまるで母に対する態度とは別人のように繊細な父だった、が、いつも布団かぶって泣いていた。

姉妹がいればまた違ったのだろうが、9歳離れてる母の連れ子の姉は私が8歳くらいの時に家出をしてしまい、ほとんど一人っ子のように育っていた。

なので恐怖心と悲しさを我慢するために心をどこかに飛ばす癖がついたんだろうなぁ。と、思う。


救いだったのは、父は殆ど出張していて家に居ることが少なかったこと!

出張中、母はかなり自由に羽を伸ばして楽しそうだった、かな?笑

どちらにも関心が無かった私もそれなりに楽しかった、かな?汗

友達は沢山居た記憶がある。特に男子。

中学生の時は11人と交換日記をしていた(笑)

ませていたのか彼氏も居た。


父が帰ってくると、留守中の私への勉強をちゃんとさせたかとか、色々と母に煩いことを怒鳴りながら話してたのを覚えてる。

私が風邪を引こうものなら手が飛んでた、母へ。

母は暴力で肋骨折ったり内臓痛めたり、ホント酷かった。

だから、私は熱があっても平気なフリ、咳も我慢、どうしても我慢できない時は布団の中でしていた。


そのため母と私は父に対してはかなり神経使い、嘘もつき、怒らせないようにしていた。


疲れた!


どこに憤りを向けていたか、後々それは母へ向けてしまった。

なんで抵抗もせず黙ったままでやられっぱなしなんだ???

私にはいまだにハテナだ。


何度か母は私を連れて家出もしてくれた。

拍手し、かなり喜んだ記憶がある。

が、ことごとく裏切られた。

すぐに戻ってしまうのだった。何故?


何かあるのか?大人の事情???不思議だ。


それならと思い、私は一人で家出を繰り返すことになる。

当然見つけられて戻されるの繰り返しだった。


思春期までそんな環境だったからか、現実逃避癖は根強く大人になってもそれは変わることはなかった。


常に心もからだも外へ外へ向けていった。


そもそも結婚をしたのも家を早く出たかったから。

だけど優しい優しい年上の旦那は私の親と一緒に住むことを望み、一軒家も父の助けもあり購入することに、何か私の意思意向とは真逆に展開して行った。


あまり考えない私、考えてたら変わった?いや、変わらないはず。だって、これ、シナリオなんだよね。もしかしたら、そのことに気づいていたかもって。

考えないタチだから、落ち込むことはなかった、なんだかんだ友達もいたから楽しかったし。

それで良かったのかもしれない。


父の母への暴力は歳を重ねるごとに無くなり暴言も少なくなった。同居のおかげか。

が、しかし、矛先が、なんと旦那になった!

性格が合わない!!!

知らんよ〜〜そんなん。知らん!

母まで旦那の悪口を言うようになった。

ある日父親が土下座して私に離婚するよう迫った!

あり得ん😥なんちゅーー親っ!

何が起きたんだ?


そう、私はテニスに明け暮れてたから家の中のゴタゴタなど全く知らなかった。

知らなかったでは済まないんだろうけど、


お願い!知らないフリさせてーーーーーって感じだった。


その頃、はい。バブル崩壊。ちゃんちゃんてな感じでうちの家族のように崩れ、借金まみれの我が家になりそれを後押しするかのように旦那の体調も悪くなっていった。

時には父親が寝てる旦那の首を絞める!という凄いこともあり、(無事だったが)いつ警察沙汰になってもおかしくないくらい荒れてた。


逃げたいよぉー。涙


もともとが根強く逃避癖を持ってる私は幸い悲観的にはならず、その場をどこに身も心も持って行けばいいかを感でわかっていたので辛くはなかったのを覚えてる。

その世界は楽しかったから。


テニスのコーチ?それともフィットネスインストラクター?  選択することになる。